早川書房主催のイベント「パラニューク降臨!『ファイト・クラブ』作者が語る小説と世界の現在地」にオンライン参加しました。
イベント名にも掲げられているように、小説家チャック・パラニュークは、デイヴィッド・フィンチャー監督の映画『ファイトクラブ』の原作者です。作品の日本語訳があまりないのですが、最近になって早川書房さんが『サバイバー』や『インヴェンション・オブ・サウンド』を精力的に出版されています。
『サバイバー』は1999年の作品です。カルト教団で生まれ育った主人公が、教団を離れて集団自殺から生き残り、マスコミに担ぎ上げられ、そして飛行機をハイジャックするまでの半生を、フライトレコーダーに向かって独白する形をとっています。
最新作の『インヴェンション・オブ・サウンド』では主人公の映画の音響効果技師が、”リアル”な恐怖の叫び声を探求し、日々音源を収集しています。一方で、もうひとりの主人公である17年前に行方不明になった娘を探し続ける父親は、ダークウェブとよばれる闇サイトを彷徨って児童性愛者を監視しています。このふたりの人生が重なり…という物語です。
『サバイバー』は宗教2世の物語として、興味をそそられました。とくに、ちょうどタラ・ウェストーバーの『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』を読んだところで、こどもの成長期における家庭環境や暴力、教育についてずっと考えていたからです。カルト教団やサバイバリスト家庭は極端な例ではあり、問題の大小はあれども、根本的にはどの家庭でも同じ問題を孕んでいると思ったからです。
『インヴェンション・オヴ・サウンド』は自分の研究テーマのひとつでもある「他個体間での音声による情動伝播」に関係しそうだと思って手に取りました。
独特なことば選びとリズムよい文体、暴力的で残酷な描写もふんだんで、最悪の結果なのになんだか希望の光が差してくるような、なぜかよい読後感はパラニュークの作品に共通するものだと思います。
オンラインインタビューの中でパラニュークが「登場人物が最悪の状況になって尊厳を失っても人生は続くし、そこから新しいサイクルが始まる」というようなことを話していました。『ファイト・クラブ』をはじめとして、主人公を取り巻く状況や彼ら・彼女らがこれまで背負ってきたもの(これらを’STORY’とイベントでは表現していたと思いますが)と、そこからの自由、についてはパラニューク作品を貫く共通したテーマだと思います。だからこそ、絶望的な物語の中にかすかなひとすじの光を感じられるのかもしれません。
作品や『インヴェンション・オヴ・サウンド』の著者近影のイメージとは裏腹に、誠実に的確に作品の意図や創作の過程、好きな作家、ふだんの生活について話してくれたパラニューク、多くのすばらしい作品を世に出し、このイベントを企画してくださった早川書房さんに感謝です。
(そういえば、『エデュケーション』も、いま読んでいる途中の『現れる存在: 脳と身体と世界の再統合』と『みんなが手話で話した島』も早川書房だ…。

