ソラリスと1984

以前、アンドレイ・タルコフスキーに関連して、映画「惑星ソラリス」に少し触れましたが、今回はその原作Solarisについてのブログです。

少し前の話になりますが、書店をうろうろしていたところ、ハヤカワ文庫SFのスタニスワフ・レムの「ソラリス」が平置きになっていました。ところが、私の知っている表紙ではないのです。なんだかカッコイイ!帯の解説を読むと、どうやらスタニスワフ・レム生誕100周年を記念しての限定カバーだそうです。そして、記念グッズもサイトで販売とのこと。デザインはフィリップ・K・ディックのカバーデザインで知られるポジトロンの土井宏明さんでした。

ちなみに持っている「ソラリス」本は飯田規和・訳の「ソラリスの陽のもとに」で、これしか読んだことがなかったのですが、今回の限定カバーは沼野充義・訳です。飯田訳はロシア語翻訳からの日本語翻訳で、ロシア語訳の時点でソ連の検閲に対する自主規制のため原作の一部が削られているのですね。それが、沼野訳では原作のポーランド語からそのまま日本語へ翻訳されており完訳になっています。以前、「沼野訳は物語の解像度がぐっと上がっている」という読者コメントをどこかで読んで気になっていました。ということで、沼野訳は限定カバーとともにこの機会に入手してみました。

早川書房のサイトでは、さっそく記念グッズの「ソラリス」Tシャツを注文してしまいました。そして同じサイトにあった「1984」トートバッグも…これは完全に予定外のうれしい買い物です。

カスタムメイドの革バッグ

革のバッグを革物作家の9nuiさんにつくっていただきました。

昨年、「このバッグが欲しい!」と思えるような黒い革バッグの画像をウェブでたまたま見つけました。そのバッグを出品されていた作家さんに、「これと同じものをつくってください」という感じで初めてオーダーをしたのでした。一見シンプルなのですが、丁寧なつくりとラクダ革のびっくりするほどの軽さ、真鍮の留め具がついたベルトや横長のフォルムなどがとても気に入り、以来愛用しています。

今年になって、数年間つかってきたTHREAD-LINEのキャンバストートが遂にぼろぼろになってしまいました。A4ファイルも入るし物の出し入れが容易なので、仕事にスポーツ観戦にとガシガシ使ってきました。つぎも同じものにしようかな…と思いつつ、帆布生地は長年使うと角や持ち手の擦り切れがどうしても気になります。消耗していくのではなく、経年変化を愛でられるものがいいなと思いました。9nuiさんに明るい色の革のサンプルをいただき、いろいろ考えたうえで、初夏にアイボリー色の牛革のトートバッグを注文しました。

9nuiさんのウェブサイトではバッグがつくられる工程なども垣間見ることができます。注文から納品までの数か月のあいだも、いまごろ革が輸入されたかなとか、型紙から革が切られているのかな、とか、ちょうど縫っている頃かも、などと勝手に想像を巡らせ、待ち時間をたのしむことができました。

ファンタスティック・プラネット

「ファンタスティック・プラネット」は1973年にフランス=チェコ・スロバキア合作で制作されたSF長編アニメーション映画です。フランスの作家ステファン・ウルのSF小説「Oms en Série (オム族がいっぱい)」を原作としてルネ・ラルーが監督・脚色をしています。原作は、フランス語版に加えて英語版が出版されているようです。

しばらく前に名古屋シネマテークで上映していたので気になっていたのですが、緊急事態宣言もあり行けなかったのでレンタルして観ました。

舞台は地球ではないどこかの惑星。真っ青な肌に赤い目をした巨人ドラーグ族と、彼らに虫けらのように虐げられる人類オム族の、種の存続をかけた決死の闘いを描くー。(『ファンタスティック・プラネット』公式サイトより)

話の中心となるドラーグ族とオム族のそれぞれの造形はもちろんのこと、惑星に生息している動植物も強烈な個性を放っています。笑い声をあげながら、鳥のような生物を捕まえては地面に叩きつけて殺すのを繰り返している籠の中の生き物や、一見植物のようだけど突然動き出すもの、舌で人類を絡めて捕食する巨鳥のような生物…。ハラルト シュテュンプケの「鼻行類」、レオ・レオーニの「平行植物」や、、ドゥーガル・ディクソンの「アフターマン」のような世界観を彷彿とさせます。

これらの奇妙で魅力的なクリーチャーたちはフランスの小説家、舞台俳優、画家と多彩な顔をもつローラン・トポールの原画をもとにつくられました。人物画はチェコ・スロバキアのアニメーターで画家、脚本家でもあるヨゼフ・カーブルトが手がけました。作画ももちろんですが、電子音っぽいサウンドも妙にかっこいいです。サウンドトラックがでているようなので欲しいなあ。フランスのジャズピアニスト、アラン・ゴラゲールが手がけているそうです(Wikipediaによると、彼はセルジュ・ゲインズブールのサイドマンだとか)。

1973年に発表され、その後の多くの作品に大きな影響を与え続けているSFアニメーション映画です。久しぶりに、観たあとも余韻が残り続ける作品に出合えました。

(公式ポスター)

ウルトラセブン 4Kリマスター版

すこし前に、NHK-BSプレミアムでウルトラセブンの4Kリマスター版が放映されていました。「ウルトラセブン」は、「ウルトラQ」「ウルトラマン」に続く円谷プロダクションの空想特撮シリーズ第3弾です。1967年から約1年間、テレビ放映されました。

エレキングやメトロン星人に代表される怪獣の造形の可愛さだけでなくストーリーのおもしろさが魅力的です。とくに、第44話「恐怖の超猿人」は霊長類研究所のお隣、日本モンキーセンターが舞台になっています。モンキーセンターで展示されているゴールデンライオンタマリンという黄金の毛をもつサルが実は…というお話です。とても怪しい博士や実験装置がでてきたり、人のような猿のような男が登場したりと、いろいろ突っ込みどころがありつつも、展開が読めずにドキドキ・ハラハラもしてしまう回です。

ファッションや部屋の内装も、古さを感じずいま見てもおしゃれだなと思うものも多いです。とくに、第34話「蒸発都市」にでてくる 霊媒師のユタ花村の雰囲気がとても気に入っています。オリエンタルな顔立ちを生かすアイラインを強調したメイクが素敵です。またストーリーでは、自宅に帰ると奥さんに「どちらさまです?」といわれてしまう、安部公房的な第47話「あなたはだぁれ?」が、日常がひっくり返る感じがする作品で個人的には好きです。

return to OZ

「オズの魔法使い」の物語はみなさんよくご存じだと思います。絵本や映画、ミュージカルなどさまざまな作品となってこどもたちに語り継がれています。

この「オズの魔法使い」はアメリカの作家であるライマン・フランク・ボームが書いた児童文学作品です。第一作の「オズの素敵な魔法使い」が商業的に大成功を収め、その後もつぎつぎと続編が生まれることになります。映画「Return to Oz」は、続編の「オズの虹の国」と「オズとオズマ姫」を原作としてディズニーが製作した実写映画で、1985年に公開されました。当時、父に映画館に連れて行ってもらい鑑賞したことを覚えています。

印象深い作品のひとつで、大人になってまた観たくなり、数年前にDVDを購入しました。日本語字幕つきは販売されてなくて英語版のみでした。こども向け作品なのでかんたんな英単語をつかった英語字幕がでるので、そのときはまだ小さかった息子にセリフを訳してあげながら一緒に観ました。こどものときも、そして大人になっても家族とたのしめる作品に出合えたことを嬉しく思った記憶があります。登場人物の造形や衣装、設定が素敵なんです。ホイーラーズとかモンビ女王などはその日の夜に夢にでてきそうな感じがあります。

ここ数年で見た映画のなかで、Return to Ozに似た雰囲気の印象深い映画に「アリス」と「パンズ・ラビリンス」があります。「アリス」はチェコスロバキア出身のヤン・シュヴァンクマイエル監督の1988年の作品で、「パンズ・ラビリンス」はギレルモ・デルトロ監督の2006年の作品です。これらについてはまた機会があったら書きたいと思っています。

アンドレイ・タルコフスキ―「ノスタルジア」

旧ソ連の映画監督であるアンドレイ・タルコフスキー (1932-1986) の映画「ノスタルジア」(1983年)は大好きな作品のひとつです。タルコフスキーというと、「惑星ソラリス」(1972年) の方が有名かもしれません。スタニスワフ・レムのSF小説「ソラリス」が原作となっています。

映画「ノスタルジア」は、何か劇的なできごとがつぎつぎに起こるストーリーではありません。登場人物も、この映画の主人公でありモスクワからイタリアへ旅行にきている作家で詩人のゴルチャコフ、旅に同行している通訳のエウジェニア、旅先の温泉街で出会った世界終末から人類の救済を試みるドメニコくらいしか登場しません。しかし、作品中のドメニコの家のなかの壁にかかれた「1+1=1」や、広場でのドメニコの行為をみつめる観衆が石段に立っている様子…などいくつもの心に残るシーンがあります。たとえていうと、まるで構図を計算しつくして撮られたアンリ・カルティエ=ブレッソンの一枚の写真のように、その「決定的瞬間」が脳裏に焼きつくのです。この美しい映像を、映画全編を通して堪能することができる作品です。

作品に対する表現の制限や信仰への圧力が強まる中、タルコフスキーはソ連を出国し、この映画はイタリアを舞台に撮影されました。そして、この映画の完成直後の1984年、タルコフスキーはイタリアへの亡命を正式に表明します。「ノスタルジア」では、主人公のゴルチャコフは、弾圧をうけつつイタリアを放浪しロシアに帰国して自殺した18世紀の音楽家の足跡を追います。また、ゴルチャコフの心的映像としての故郷の光景も挿入されます。すべてはタルコフスキー自身のノスタルジア、故郷への想いを重ねたものであり、これらがフィルムに焼きつけられた作品になっています。

私自身は郷愁、いわゆる、いまはは離れている生まれ育った土地を想って寂しく思う気持ちはあまりありません。多少離れているとはいえ、文化もさほど変わらない小さい国のなかだからでしょう。ですから、主人公の故郷への気持ちに対してそれほど感情移入はできないのです。それでもこの映画がすきなのは、幼いころ自分を通してみた映像やそれらを基に記憶として脳内で形成された映像たちと感情がいまの自分自身を形づくっている実感があり、それらをこの作品を通してつよく感じることができるからかもしれません。 

「ノスタルジア」の一場面 (C)1983 RAI-Radiotelevisione Italiana.Licensed by RAI TRADE-Roma-Italy,All Right Reserved.

諸星大二郎展

現在、三鷹市美術ギャラリーで諸星大二郎展が開催中です。

諸星大二郎(1949年生まれ)は多数の熱狂的ファンをもち、異分野のクリエイター、研究者といった幅広い層からも絶大な支持を得ている漫画家です。1970年『ジュン子・恐喝』で実質的なデビューを果たし、74年『生物都市』で第7回手塚賞を受賞、本格的な活動を開始しました。(三鷹市スポーツと文化財団サイトより)

考古学者である稗田礼二郎を主人公としたシリーズ(いわゆる妖怪ハンター)の中のエピソード「黒い探求者」にはヒルコさまという異形がでてきます。このヒルコさまになってしまった考古学者であった八部少年の父の姿が顔出しパネルとして美術館に置かれているそうです。東京在住であったら、是非顔をだしに行くところですが…残念です。

個人的には、ある惑星に仕事にいき現地の女性に魅かれた男性の姿を描く、「男たちの風景」という短編がすきです。

諸星大二郎の作品は、異界を垣間見せてくれるものでもあり、でも逆にどこか懐かしさも感じるものが多いです。心を深いところで揺さぶられるのが魅力ですね。

アアルト展と横尾忠則展

先月、仕事で神戸に滞在していました。コロナ禍でもあり、プライベートで街中にでる時間がほとんど取れなかったのですが、一度だけアーケード通りを歩いたときに、美術館の広告をみつけました。兵庫県立美術館の企画展「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」と横尾忠則現代美術館の「Curators in Panic 〜横尾忠則展 学芸員危機一髪」です。

モダニズムの建築家として世界的に活躍したアルヴァ・アアルト(1898-1976)には、25年間にわたりデザインパートナーとして対等な関係にあった妻アイノ・アアルト(1894-1949)がいました。現在、アルヴァの業績とされている多くの作品には、アイノの思想や影響が多分に生かされていたことが明らかになっています。(兵庫県立美術館サイトより)

アルヴァとアイノの仲の良さが伝わる写真を中心につかった企画展のポスターがとても素敵でした。

そして、前回の神戸出張から気になっていた横尾忠則現代美術館。2020年の『兵庫県立横尾救急病院展』といい、いつもおもしろそうな企画展が開催されています。制約なく、いろいろなところへ足を運べる日が早く訪れますように。

(横尾忠則現代美術館サイトより)

おもいでの絵本

鞄に本を入れ忘れて外出したある日、待ち時間に読むものを探していて&Premium特別編集「あの人の読書案内。」を手に取りました。

この雑誌のなかに「私の思い出の本」という特集があり、29名のクリエイターがこどもの頃に読んだ思い出の本(おもに絵本)を紹介していました。自分にとっては懐かしの絵本とは何だろう?と考えるきっかけになりました。

私がこどもだった頃に読んだ絵本、こどもたちが小さかった頃に読んであげた絵本。かぞえきれない絵本たちが私を通り過ぎていき、そしていまの私をつくっています。そのなかでもとくにお気に入りだった絵本のうち、再入手して現在手元にあるものをご紹介します。

ひとまねこざるびょういんへいく M.レイ 文 , H.A.レイ 絵 , 光吉 夏弥 訳

移動図書館で何度も借りたお気に入りの絵本です。この「ひとまねこざる」シリーズはアニメ「おさるのジョージ」の原作となりました。はめ絵のこまをキャンディーだと思って飲み込んでしまったジョージはお腹が痛くなります。かかりつけのお医者さんで診てもらい、こども病院に入院して”こま”を摘出してもらうお話です。「お医者さん」「さる」と、私のこれまでの歩みに大きな影響を与えたに違いない、と思わせる絵本です。

原作者であるレイ夫妻の足跡は「戦争をくぐりぬけたおさるのジョージ」という本になっています。この中に、レイ夫妻がブラジルでの新婚生活の際、ペットとしてマーモセットを飼っていたことが書かれています。旅行先のヨーロッパの寒さで残念ながら亡くなってしまったようです。マーモセットの体調管理の大変さがわかるエピソードです。

おによりつよいオレマーイ(サトワヌ島民話)こどものとも 1975年7月号 土方 久功 再話・画

とおいみなみにあるサトワヌ島の、とてもとてもつよいオレマーイという少年のお話です。小さいころとても好きで繰り返し読んだ絵本のひとつですが、ストーリーも絵もちょっと奇妙なこの本のどこにそんなに惹きつけれられるのか、当時はよくわかっていませんでした。

土方久功(ひじかたひさかつ 1900-1977年)は東京美術学校(現在の東京藝術大学)で彫刻を学んだ芸術家であり、パラオ諸島の調査に携わった民俗学者でもあったようです。文字を持たないサトワヌ島(現在のサタワル島)の民話をいくつも採録し、民俗学的資料として残しました。そのなかのひとつがこのオレマーイの話だそうです。太平洋に浮かぶ南の島で口から口へ伝えられてきた民話が、土方の研究とその芸術性の高い絵によってひとつの絵本となりました。自らの調査地で見て聴いてきたさまざまなことを「こどものとも」という月刊誌を通して日本のこどもたちへ届けたい、という情熱が幼い少女のこころを動かしたのかなと今になって思います。

くいしんぼうのあおむしくん こどものとも 1975年235号 槇 ひろし 作  前川 欣三 画

かの有名なエリック・カールの絵本「はらぺこあおむし」になんだか似たタイトルですが、内容はまったく違います。ある日、まさおくんの帽子についていたのは何でも食べるあおむしくん。最初はゴミを食べていたのですが、どんどん大きくなって、家や船、町まで飲みこんで…。というストーリーです。こどもながら、後半にでてくる荒寥とした世界の場面が好きでした。ここ最近のディストピア小説が無性に気になる原点となる本なのかもしれません。ラストのページもよいのです。読んだあと、自分がいま居る世界の見方がちょっと変わる絵本です。

回文「つつみがみっつ」

みなさん、「回文」はご存じでしょうか。上から読んでも下から逆に読んでも同じ音になり、なおかつ、​ことばとしてある程度、意味が通る文のことです。

福音館書店のこどものともシリーズに土屋耕一「つつみがみっつ」という絵本があります。主人公の少年とその両親が、新年のあいさつのために自宅から知人宅に向かい、帰るまでのお話しです。この絵本、なかの文がすべて回文になっているのです。小さかった頃、お気に入りだったこの絵本は祖父母の家に置いてあり、遊びに行くたびに何度も読んだ記憶があります。こどもにとっても回文はとても魅力的なものですね。

「つつみがみっつ」作の土屋耕一 (1930-2009) は数々の企業広告のコピーをつくりだしたことで知られる、日本のコピーライターの草分け的存在です。多くの回文を考えだしたことでも知られており、「軽い機敏な仔猫何匹いるか 土屋耕一回文集」として出版されました。

「つつみがみっつ」の絵はたざわしげると記載されています。油彩画家の田澤茂(1925-2014)のようです。1975年の出版物ですが、たのしいイラストは時代を越えて読者をうきうきさせてくれます。こどもだったわたしはこの絵本のなかでは、主人公の少年が両親にともだちを紹介する場面ででてくる「このみくん、三年三組の子」という回文がお気に入りでした。いまでも覚えています。絶版で入手しづらいのがとても残念です。

イラストレーターの和田誠 (1936-2019) も土屋耕一と同様に、ことばを愛するひとでした。絵本「ことばのこばこ」は、しりとりや同音異義語をつかっただじゃれ、なぞかけなどことばの遊びに溢れた作品です。このなかにも回文がでてきます。こどもの頃に何度も何度も読んだので、実家にある絵本はもうぼろぼろになっています。

さきほど紹介した 「軽い機敏な仔猫何匹いるか 土屋耕一回文集」 の装幀や段組みは、和田誠さんが手がけています。また、土屋耕一さんのしごとをまとめた二冊組の本「土屋耕一のことばの遊び場。」は和田誠さんがコピーライターの糸井重里さんに依頼してつくった本だそうです。ことばの魔術師たちによる素敵な作品です。

(福音館書店のサイトより)