アントニオ・ダマシオと寺田寅彦

最近、車で移動中にPodcastを聴いています。その中のひとつであるBrain Scienceには著名な研究者のトークがあり、興味を持てる神経科学のトピックが多くて気に入っています。先日はアントニオ・ダマシオのトークを聴きました。ダマシオは1991年に提唱した「外部からの情動刺激によって引き起こされる身体反応の信号が意思決定に不可欠な役割を果たしている」というソマティック・マーカー仮説で有名な、ヒトの感情や情動、意識などを研究している神経科学者です。

その回のなかでダマシオが「今日どんどんアップデートされていく生物学的知見によって意識のハード・プロブレムが解決できるのを希望をもって見守っている」というようなことを言っていました。意識のハード・プロブレムとは、物理的な脳からどのようにしてクオリアなどの心的現象が生まれるのか、またその心的なものは物理的な脳とどのような関係があるのかという問題です。収録時は80歳すこし手前だと思うのですが、その学術的好奇心が絶えることなく、考えつづけ、そしてあとに続く若い研究者たちにその未来を託す姿がとても印象に残りました。

私もありがたいことにまだまだ神経科学への興味は尽きず、たくさんのことを学んで少しずつ自分の中の知識が増えてくるにつれて、更にその先にわからないことや知りたいことがどんどん湧き上がってくるのを日々実感しています。それは研究者としては幸せなことだなと思っています。80歳近くなってもこのような科学的疑問への関心を持ち続けながら生きていくことが自分の次なる目標かな、とダマシオのトークを聴きながら改めて思ったのでした。

私たちには日々、数えきれないほどの出会いがあります。それは人だったり、本だったり、映画や絵画だったり、とても短いことばだったりします。長い人生の流れのなかで形を変えていく自分が、それらといつ出会い、出会ったときにどう受容するか、そのひとつひとつがまた自分を形づくっていくのだと思います。

物理学者の寺田寅彦は、数々の優れた随筆を残しています。そのなかのひとつ「科学者とあたま」は、初めて読んだときの溢れる感情を忘れることができません。頭のよい研究者が界隈にたくさんいるなかで、ポスドク(博士号を取得したあとの研究員)として一歩を踏み出したは良いけれど、自分が研究者の道を進んでいくことに自信が持てずに悶々としていたころでした。この随筆を読んで、「ああ、自分は、自らの足で実際に富士山に登りながら、道ばたやわき道にあるものに気を取られつつ自分のペースで進んでいけばよいのだ」と、頭のわるさを含めて科学者として生きていくことを肯定してもらったように感じたのです。今でも、自分の研究者としての原点がここにあると思っています。

Harvard university, FAS Division of Scienceより

投稿者: Naho KONOIKE

大学の研究室で脳の研究をしています。このサイトでは、研究活動の紹介とともに日々感じたことなどを綴っています。このサイトのコンテンツは個人の見解であり、所属する機関とは関係ありません。

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