フランツ・カフカの「流刑地にて」の投稿で、“判決文を皮膚に刻むこと”に言及しました。この物語はとある流刑地を訪れた旅行者が、何時間もかけて皮膚に直接、文字を刻み処刑する残酷な機械についての説明を将校から受けるシーンから始まります。捕らえられた罪びとは自分がなんの罪なのか知りません。カフカのこの作品から、身体性とその境界である皮膚、書くことの痛みと理性など興味深いテーマに繋がります。今回は、この中のひとつのキーワードでもある皮膚に文字や記号、絵を半永久的に刻む入墨をテーマにしました。
入墨は広辞苑では次のように記されています。“【入れ墨】①肌に文字・絵画などをほりつけること。また、そのもの。針や刃上の道具で皮膚を傷つけ、墨・朱・ベンガラ・カルミン・インジゴなどの色料を刺し入れる。”
入墨の歴史は古く、英語で入墨を指すタトゥーの語源といわれているタヒチ島のタ・タウ、沖縄のハジチ、ベルベル人のように民族的なもの、特定の宗教・宗派を示すものなどがあります。
また、入墨には、アウシュビッツ強制収容所でひとびとに行われた個人識別のためのもの、中国や日本で罪を犯した人々に入れられた刑罰としてのもの、鳶職や火消など特定の職業や反社会組織に属する人々が入れる組織帰属の印としてもの、ファッションとして、など時代や地域によりいくつもの意味をもって施されてきました。
入墨を施す彫り師の医学的な資格についてはときどき話題になり、数年前には医師の資格を持たない者によるタトゥー施術が医師法違反か否かという裁判もありました。入墨は表皮を傷つけて染料を入れ込みます。この処置には出血を伴うため、HIVやB型・C型肝炎など感染症のリスクがあります。安全な施術のためには術者の手袋やメガネの装着、患部の消毒や器具の滅菌など医学的知識に基づいた適切な対策が必要です。さらに、入墨の除去術も需要があります。広範囲の入墨の除去は皮膚への負担も大きく、傷も残ります。しかし、“組織帰属の証”を身体から消して、一般社会の一員として新たな一歩を踏み出そうとする人もいて、この除去術に公的補助を出す国もあるようです。
以前、仕事でとある職場に訪問した際、従業員の方々の手に同じデザインの入墨が彫られているのに気がつきました。母指球筋あたりの背側面に3つの点が三角形に並んでいるものです。また、指輪を嵌めたような入墨をしている方もいました。あとで気になって調べてみると、3つの点は「三ツ星」、リングは「年少リング」とよばれ、「プリズンタトゥー」の最も有名な形であることを知りました。社会から隔絶されたある閉鎖的な組織での仲間の証として彫られるものです。いまでは少年院や鑑別所、ギャング間での仲間の証というよりはファッション感覚で彫っている人もいるでしょう。でも、もしかしたら、むかし過ちを犯しつつも現在は社会の一員として似た境遇の仲間たちと働いている方々なのかもしれないな、と感じました。
