このブログでも紹介した『チロンヌプカムイ イオマンテ』を先月、劇場で観てきました。1986年に行われたアイヌの祭祀「キタキツネの霊送り」を記録したドキュメンタリー映画です。
この映画では、イオマンテ(霊送り)の儀式だけでなくチセノミ(新築祝い)の様子も記録として収められています。チセノミは、チセとよばれるアイヌの伝統的な家の完成を祝う儀式です。部屋の中央にある囲炉裏で火を焚き、火の神に感謝し、酒や供物をささげることから始まります。
アイヌの人々は、自然のもの、自分たちの生活に役立ってくれるものを「カムイ(神さま)」と考え、敬い、大切にしてきたことがわかります。たとえば家の中には家の神が、囲炉裏には火の神がいて、キタキツネや熊、サケなど動物たちはもともとは神の国からきたものと考えられていました。よって、イオマンテは、キツネの姿をして人間の世界に降りてきたカムイを、もとの神の世界に送り届ける儀式なのです。儀式の手順に間違いがあってはいけない、カムイには供物や酒、歌や踊りでもてなして無事に神の世界に届けなくては、という祭祀に関わる人々の張りつめた雰囲気も感じ取ることができました。
このイオマンテで神へ捧げられる踊りは熊や鶴など身近な動物の動きを模したものが多く、独特のリズムでの合いの手や掛け声に合わせて舞われます。このような歌と踊りは祭祀にとっても重要な役割を果たしていたのだと思います。世界的にも霊的世界と現実世界をつなぐ儀式では、太鼓などによる重低音のリズムがトランス状態へ誘うツールとして使われる場合があります。
私の研究テーマのひとつは音楽や言葉の「リズム」です。今回の映画で、祭祀を取り仕切る日川善次郎エカシの独特のリズムによる祈りのことばは、神の世界と人間の世界をつなぐ役割をもっていました。また、人々による歌や踊りも神の世界へのお土産として位置づけられていました。現在ではこのようなアイヌの儀式はもう行われておらず、世界を見渡しても霊的な儀式は消滅の一途を辿っています。
ただ、このような儀式がかつての社会集団のなかで重要な位置を占めていたのは事実です。それらを失った現代では、地域社会でどのようなことが起きているのか、について考えを巡らせています。
写真は、アイヌの信仰をテーマとした対談集「アイヌの霊の世界」です。最近読んだことで、この映画への理解が深まりました。
